
「夫も食べてもらえると喜ぶと思うんで」
あまりにも何気なく、そして涼やかな顔で放たれるこの一言。芥川賞作家・村田沙耶香による短編集『生命式』は、一読した読者の頭の芯を強烈に揺さぶり、私たちがしがみついている「常識」や「正常」という足場を跡形もなく崩し去る、恐るべき文学的奇本だ。
表題作「生命式」の舞台は、深刻な人口減少が進んだ近未来の日本。そこでは、従来の「葬式」はすでに廃れ、新たな儀式「生命式」が社会のスタンダードとなっている。
生命式とは、故人の肉を様々な料理に調理して参列者全員で味わい、その命のエネルギーを取り込んだ状態で、その場に集まった男女が交尾(作中では「受精」と呼ばれる)の相手を探すというものだ。死者の命を喰らい、新たな生命へと還元する――制度としては究極的に合理的とも言えるこのシステムに、当初、主人公の女性・真保はどこか馴染めず、旧時代の価値観との間で強い不協和音を抱えている。
しかし、大切な知人の死と生命式への参加を経て、彼女は自ら故人の肉を口にし、見知らぬ男の精子を体内に受け入れることで、突如としてある種の「洗脳の快感」へと至る。
> 「私は生まれて初めて、この世界の正常の中へと溶けていた」
不気味でグロテスクであるはずの過激な描写の果てに立ち現れるのは、異常な世界に適合した主人公が感じる、あまりにも美しく、澄み切った多幸感なのだ。
本作の恐ろしさは、単なる奇抜なホラーやカニバリズムのショッキングさにとどまらない。
私たちは日頃、「人の肉を食べるのは異常だ」「愛のない生殖は不道徳だ」といった倫理観を、普遍的で揺るぎないものだと信じ込んでいる。しかし、本書に収録された12篇の物語が突きつけてくるのは、「正しさや常識など、時代や環境の要請によって一瞬で書き換わる蜃気楼に過ぎない」という冷徹な事実だ。
例えば、併録の「素敵な素材」では、死んだ人間の皮や骨を家具やアクセサリーに加工して愛用することが「愛の証明」とされる世界が描かれる。そこでは、人間を遺品として利用しないことこそが「冷酷で無神経な行い」として糾弾されるのだ。
「その世界で一番適した狂い方で、発狂するのが一番楽」という著者の凄みのある洞察は、私たちが必死に守ろうとしている「まともさ」の正体をあばいていく。私たちが生きる現代の「正常」もまた、ただ時代に合意された「許された発狂」の一種でしかないのではないか――。
村田沙耶香の作品において一貫して描かれるのは、「世界のルールに馴染めない異端者」が、どのようにして社会のシステムと折り合いをつけるかというテーマだ。
代表作『コンビニ人間』の主人公は「コンビニの店員」という社会の歯車になることで生きやすさを手に入れたが、『生命式』の登場人物たちは、さらに一歩進んで「世界が求める狂気そのものと同化する」ことによって狂おしいほどの救済を得る。
拒絶していた世界の文法を呑み込んだ瞬間、それまで自分を苛んでいた生きづらさは消え去り、世界は狂おしいほどの光と美しさに満ちあふれる。狂気に染まることの恐ろしさと同時に、狂気を受け入れた者にしか味わえない圧倒的な「解放感」を描き切っている点に、本作の恐ろしいまでの文学的魅力が存在する。
本短編集を読み終えたあと、自分たちが当たり前のように営んでいる「食事」「恋愛」「結婚」「葬儀」といった日常の風景を眺めてみてほしい。それらがどこか狂気じみた、不気味なごっこ遊びのように見えてくるはずだ。
自分の足元にある倫理の地盤を根底から揺さぶられたい人、そして「正常」という名の洗脳から一瞬だけ解き放たれるスリリングな読書体験を求める人に、心からおすすめしたい一冊である。
村田 沙耶香 河出書房新社 2022年05月09日頃